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「止まれコノヤロー!」
「待てコラァ!」
深夜の住宅街に複数の怒号が飛びかう
黒いスーツを着た集団の前を作業服を着た男が走り、住宅街の路地を右へ左へ走りまわる
深夜の追跡劇だが住宅から人が顔を出したり、野次馬が現れたりなどしない
それはそうだ 彼らは冥界の住人、つまり幽霊なのである、声も聞こえないし姿も見えない
彼らは魂だけの存在だが普通の人間と同じように冥界で生活している、だが魂は現世への干渉をしていけない決まりだ
作業服の男はその決まりを破り無理矢理現世に来た魂、スーツの集団はそれを取り締まる魂なのだ
「チクショー!何処行きやがったぁ!」
「早く探しなさい!そこ!休まない!」
どうやらスーツの集団は作業服の男を見失ったようだ
「ざまぁみやがれ…」
作業服の男が鼻の下を擦りズズッと鼻水をすすった
スーツの集団が見えなくなるとまた別の方向へと走りだした

「そこの魂、何してんだ」
深夜だというのに明るい家の前に居た黒いスーツの男に作業服の男は声をかけられた
「あんただよ、あんた。そう、こっちへ来いって」
手招きしている
どうも、さっきの集団とは違うようだ
(こいつなら匿ってもらえるかもな)
何の根拠もなく作業服の男はなんとなくそのスーツの男に近づく

スーツの男「あんた、何やってたんだ。早く冥界に行かんとダメだろ」
作業服の男「い、いや 生前世話になった人が居るんでな、会いに来たんだよ」
スーツの男「仕事はどうした?現世に下りる許可はもらったのか?」
怪訝な顔をするスーツの男
作業服の男の目を覗き込むように話す
作業服の男「…それが…」
スーツの男「逃げて来たのか…」
ため息を一つ吐くとコイコイと手招きをし家の中へ入った
作業服の男は後ろに誰もいない事を確認するとコソコソと隠れるように玄関へ飛び込んだ

家の中は重い空気が漂い"あの"独特の感覚が腕や顔にべったりと取りつき足を止めさせる
部屋の中には黒いスーツが二人、その横に死装束が一人がおり そして布団には死装束と同じ顔の男が一人横になっている
スーツの男はもう一人のスーツを着た少女へと近づき耳打ちをする
作業服の男は部屋の中へと入ろうとした がそこの空気は玄関より重くベタベタした感覚が更に強くなった
(何でアイツラはこの感覚が大丈夫なんだ…)仕方なく部屋の前で座りスーツの会話を聴く
少女「冥界から脱走した魂ですか?なら特務が来てる筈ですから引き渡さないと」
男「いや、それが 会いたい人がいるらしいですよ。今野の時みたいな理由があるんじゃないですかね」
少女「…じゃあ祐一、理由を訊いてきなさい。それで措置は決めましょう」
スーツの男…祐一と言われていた方が作業服の男へと近づき、横に座る
「あんた、会いたい人がいるって言ってたよな」
作業服の男は困惑した、スーツの集団から逃げる為に匿ってもらうだけの予定だったからだ
「その人にどうしても会いたいか?」
首を縦に振り意志を伝える
「分かった、少し待ってな」
するとまた少女の元へ戻り耳打ちをした
少女は面倒臭そうにゆっくりと立ち上がり、部屋の前で座っている男の前へ座った

「御初にお目にかかります、第42管区第1小隊小隊長『藍坂雛』と申します。あちらは私の部下の『楠木祐一』です」
丁寧に丁寧に挨拶をする藍坂
見た目は小学校高学年といったところだが中身は全然違うようだ
「聞くところによりますと、どうしても会いたい方がいるとか…我々の仕事とは違いますが、まぁ魂が気持ちよく逝ってもらうのも私どもの仕事の一つなので―」
藍坂の有難いお話はまだまだ続く、部下の楠木は退屈そうに藍坂の後ろに座り指遊びをしている
「そういえば貴方のお名前をお訊きしておりませんでしたね、お名前のほうを」
男は質問された所で我にかえり若干テンパりながら答えた
「し、柴山平和(シバヤマヒロカズ)と申します!」
藍坂と柴山、楠木の三人が頭を下げ挨拶する異様な光景が家の廊下で広がっていた


「では、柴山さん。少し約束をして下さい。まず、特務が来ても逃げない、次に生者に干渉しない、最後に今回あったことは忘れない」
藍坂が一つ一つ確認するようにゆっくりはっきり話す、まるで教会で神父が説教するかのような話し方であった
「あ、でも小隊長。尾上さんはどうします?案内しないと」
尾上さん…死装束を着た人のことだろう。その尾上さんはぼんやりこっちを見ている、おそらく理解はしてないないだろう、ただ見ているといった具合だ
もちろん案内はします、どんな形であれ仕事は絶対にこなします」
自信たっぷりの藍坂。そもそも彼らの言う案内とは死んだ人の魂を無事に冥界に送り届ける仕事の事を言う、それをする人だから彼らは案内人と呼ばれている。
死神のような大鎌を持ち、烏のような真っ黒のスーツを着込む
人の死がある所に必ず現れ、死者の魂と共に何処かに消えてしまう集団、それが案内人である

「まず、尾上さんの案内を第2小隊に引き継がせます、そして特別任務として柴山さんの未練を処理という感じですね」
「しかし小隊長、第2小隊が抜けると管区がカバー出来ませんが」
楠木が間髪を入れず質問する、そう言うことが分かっていたかのように
「樫山小隊長を来させて姫野隊員を残せばいいでしょう」
案内人が所属する管区には複数の小隊が存在するようだ、藍坂は携帯電話を取り出すと素早くボタンを打つ…のではなく人差し指で一つ一つ確認しながらボタンを押した
スピーカーを耳にあて相手が出るのを待つ
「あ、もしもし?第1小隊小隊長藍坂雛です。大至急、樫山小隊長を寄越して下さい。え?理由?帰ってから言いますよ…え?…あ…聞こえ…樫や…寄こ…て…」
後半何を言っているのか分からない
「あれは区隊長にとにかく連れて来いって言ってるんですよ」
柴山の心中を察したのか楠木が説明をしてくれた
「尾上さん、すぐに代わりの案内人を寄越しますから…聞いてますか?」
尾上さんはこっちを見ているが理解出来ていないようだ、死んだ魚のような目 つまり生気がないのだ
「小隊長、ショック症候群かも」
「ショック症候群?」
訊いたのは柴山だ、一般の魂は案内人用語など知らない
「あり得ません、この私が切り離しをしたんですよ?祐一は自分の小隊長が信じ
られないのですか?」
「そんな事はありませんけど、仮説の1つとして言っただけです」
一歩も譲らない楠木と藍坂、素人の柴山が対処は出来ないだろう 尾上さんが元に戻ればそれで解決なのに
「わ、私の仕事は完璧です、失敗するなんて…」
あり得ません、絶対にあり得ません
ブツブツと呟き俯いてしまった
「な、なあ ショック症候群ってなんだ?」
「ショック症候群は簡単言うと医療ミスみたいなもんです、魂を切り離す時に精神を傷つけると魂が発狂したり鬱になったりします それがショック症候群です」
なるほど、そのショック症候群は案内人の責任でもあるから藍坂は落ち込んでいるのか
「治す方法とかは無いのか?」
「時間をかけて精神を回復させるしか治療法はありませんね」
楠木は面倒臭そうに、しかしきちんと説明をしてくれた
柴山はふと思った 殴ってみたら治るのではないかと

座りっぱなしで固まった腰を上げ、未だにあの感覚の残る部屋へ足を入れた
まとわりつくあの感覚を振り払い一歩ずつ尾上さんに近づく
「柴山さん、何を?」
楠木が柴山の後ろで何か言った、しかし柴山には虚ろな目をした尾上さんしか見えていない、もちろん楠木の声など聞こえる筈がなく柴山は尾上さんの目の前に止まった
「失礼」
そう言うと柴山の細い腕からは想像出来ないパンチが飛び出した尾上さんは目を見開いた、瞳だけで拳を行方を追い、何か言おうと口を開きかけ
た所で柴山の拳は尾上さんの顎を捉え見事クリーンヒット、尾上さんは後方へ吹っ飛び それはまるで格闘ゲームのキャラクターがKOされたように床に叩きつけられた
ゲームなら『YOU WIN!』と聞こえてくる所だがもちろんゲームではないので聞こえない
「し、柴山さん!あんた一体何を!」
楠木が柴山の肩を掴み問いただす
「ショック療法だよショック療法、治るかもしれないだろう?」
何も悪びれる様子もなく柴山が答える
「痛ってぇなあ!あんた一体何てことするんだよ、人が黙って見てただけなのにいきなり殴りやがって」
上半身だけ起こし左手で体を支え、右手で自らの顎をさすった
「お、尾上さん!大丈夫なんですか?」
楠木は目を見開き驚いたと言葉が最も似合う表情になった、藍坂も声こそ出していないが表情はほとんど楠木と同じだ
「大丈夫じゃないよ、顎が痛い痛い」
ホントに痛そうに顎をさすっている
どうやらショック症候群ではないようだ
「いや、そうじゃなくて 気分が悪いとか」
「あんたらが言ってたショック症候群とか言うヤツか?俺は元々喋らない方なんだよ」
つまり、尾上さんは元々の性格がおとなしい故にあまり喋らなかった、それがシ
ョック症候群と勘違いされてしまったという訳だ
「ほ、ほら見なさい祐一!私がミスするわけないでしょう」
部屋の隅で体育座りで俯いていた藍坂が突然元気を取り戻し話した
「大体、ショック症候群なんて滅多に起こらないもんなんです 私は未だに見たことないですよ」
藍坂は得意げに話す、手を腰にあて若干胸を張っている
「何言ってんすか この前、姫野さんが軽いのをやったとこでしょ それで管区全体が減俸食らって姫野さんを叱ったのは小隊長でしょ」
「あ、あれ?そうでしたっけ?」
どうやら形勢は逆転したようだ、藍坂は思い出せないのか メモを見たり頭を抱えて必死だ
「冗談ですよ 精鋭揃いのウチがそんなヘマしませんよ」
焦った顔の藍坂を見てニヤニヤしている楠木の言葉に藍坂はキョトンとしている、その表情は徐々に笑顔へと変化し部屋の空気を凍り付かせるような冷たい視線であった
「祐一、嘘ですか?」
「いや嘘ではなく冗談ですよ」
「嘘ですね?楽にしてあげますから 大丈夫ですよ、一瞬ですから痛みもありません」
手首のアクセサリーを大鎌に姿を変える
パシッピシッと音をたて大鎌は藍坂の背丈よりも大きくなった 刃はギラギラ輝きまるで血を欲しているかのように鈍く光る

「ほら雛ちゃん、そこまで」
ドスのきいた声が聞こえたかと思うと藍坂の体がスウッと宙に浮いた
のではなく 藍坂の後ろに背の高い男が立っていて、藍坂を持ち上げたからだ
「あっ!こら!離しなさい!」
バタバタと四肢をばたつかせ必死の抵抗を見せる藍坂とは対象的に男は余裕の表情である
「離したら楠木に攻撃するだろ?」
「するわけないでしょ!」
男はがっしりとした体型で一切無駄が見られず藍坂のエルボーがヒットしても全く動じず微動だにしない
「あ、あの小隊長…あまり足を上げない方が…あの、その、し 下着が…」
楠木の声が藍坂の動きを止めた 藍坂は首と視線を動かし、楠木の紅潮した顔と自らのスカートの方向を数回見ると耳まで真っ赤に染め上げ四肢を力無く下ろした
藍坂を持ち上げていた男はゆっくりと藍坂を下ろし一歩後ろにさがった
藍坂はその場に力無く座り込み真っ赤の顔は更に赤くなり聞こえないが何かブツブツ言っているようだ
「小隊長、大丈夫です 見てませんから」
「ホ、ホントですか?」
なんと藍坂は目も真っ赤にして涙を溜めていた、余程恥ずかしかったのだろう ウサギのようになってしまっている
「ホントに見てないですから、涙と鼻水拭いて樫山さんに引き継ぎをしてください」
「う、ウルサイです、泣いてなんてナイですよ」
そう言うと藍坂はどこからか書類を取り出し後ろにいた男に渡した
「尾上京平さんです、第1小隊は特別任務のため案内を第2小隊に引き継ぎます よろしくお願いします」
樫山と呼ばれた男は書類を受け取り一通り眺めた後、挙手の礼をすると答える
「第2小隊は第1小隊から案内を引き継ぎ、最後まで案内することを宣言します」
すると樫山は尾上さんに自らが今から案内することを説明しだした 恐持てな外見とは違い面倒見がいいのだろう、相手と同じ目線まで腰を落として話している

「それにしてもさ、雛ちゃんも楠木の甘さが伝染したんじゃないの?」
説明を終えた樫山が体の向きを変えながら話した
「何でですか?」
「だってさ楠木に出逢う前は浮遊霊とかいたら容赦なくボコボコにして特務に渡してたからね」
変わったよ、変わった変わった
と腕を組んでウンウンと頷いて話す
「もしかして小隊長は昔荒れてたとかですか?」
「そんなわけないでしょう、相手は違反したんですから罰ですよ」
背丈より大きい鎌を元のアクセサリーに戻しつつ藍坂が言った どうやら藍坂は曲がったことが大嫌いのようだ
「それより!柴山さんの未練を解決しないと ほら祐一、柴山さん行きますよ」
「いや、でも夜中ですし明日にしたほうが」
言うのがまるで分かっていたかのように楠木が殆んど間髪を入れずに話す、それを聞いた藍坂は立ち上がると楠木を睨んだ
「祐一、これは仕事です 仕事は早く確実に終わらせないといけません」
藍坂は演説するように力のある口調で話す
しかし楠木は面倒臭そうにしている
「特務も出ていますし、早いとこ切り上げましょう」
樫山はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ藍坂を見ている
「では、樫山小隊長 私たちは出ますからよろしくお願いします」
藍坂を含め、楠木、やや遅れて柴山の三人が樫山に頭を下げた、樫山は左手を肩まであげ返答し三人を見送った
部屋には樫山と尾上さんだけが残され、先程にも増して空気が重たくなる しかしそれも尾上さんの一言で直ぐに変わった
「なあ、あの藍坂って子はあれだな………だよな」
「お、やっぱり分かる?気付いてないのアイツだけなんだよ」
二人は意気投合し会話は明け方まで続いたらしいが、それはまた別の話


丑三つ時の街を少女と男二人が歩く
住宅街だからか午前2時という深夜であるため家に電気は灯いていても誰一人として歩いていない
「誰もいませんねぇ」
「祐一…貴方はバカですか 後ろに五人ほどいますよ」
ため息まじりに藍坂が言った 確かにコソコソと尾行するように誰かいる
「特務ですかね」
「おそらく、柴山さんを狙ってます」
藍坂は振り返るとこっちへ来いと手招きをする
「ちょっ、何やって!?あいつらは俺を狙ってんじゃ」
柴山が驚いた声を出した、しかし楠木は驚いた表情を見せず特務の五人をじっと見る
「話し合えば大丈夫ですよ、それにどの道特務に引き渡さないといけませんし」
藍坂は平然と答えを言った、それはなんとなくだが柴山も納得せざる負えなかった
もう目の前に特務の五人が来ていたからだ

「冥府特別任務隊隊長の笹原夕(ササハラ ユウ)です、第42管区第1小隊の藍坂さんですね?」
特務の先頭を歩く黒髪の少女が言った
「何故私の名前を?」
藍坂の問いに笹原は顔を歪ませた まるで口裂け女のようにニタニタと笑う顔になる
「何故ってアナタどれだけ有名か知らないんですか?」
笹原はメモを取り出すと1つずつ読み上げた
「まず、案内人歴が最長で40年してますよね、私はまだ生まれてもないですよそして閻魔にコネがある これで何回も罪を軽くしてますよね」
必死に笑いを堪える笹原と後ろで微動だにしない無表情の特務の隊員はとても対称的であった
「アナタね、40年も案内人やってどうするの?せっかく部下がいるんだから辞めればいいじゃない」
俯いた藍坂に歩みより、笹原は覗き込むようにして藍坂の目を見た
「私たちは特務です、命令さえあれば軍隊の憲兵みたいなこともしますからね」
それを言うとスッと後ろへ一歩下がる
俯いて笹原の言葉を聞いていた藍坂はじっと聴いているように見えたが楠木は見ていた
藍坂の拳が小さく震えるのを
だから嫌な予感がした さりげなく鎌を取り出しまるで最初から大鎌を持っていたかのようにした
すると予想通りに
「大人しく聞いてたらペラペラペラペラ喋りやがって…」
明らかにいつもの藍坂ではなかった
いつもなら怒っても敬語で話すが今回は本気の本気 大噴火だ
「現場を知らない特務のお嬢様にそんなこと言われる筋合い無いんだよ! それに部下が出来ても何も知らないバカだから教えないといけないし…それに…それに…」
さりげなくバカ扱いされた楠木は少し傷ついた、だがすぐに傷ついている場合ではなくなった
「あんた何かに私の気持ちが分かってたまるかぁぁ!」
鎌はバキバキと壊れそうな音をたてて大鎌になった、今にも壊れそうでとても不安定な大鎌は肩で息をする藍坂に確実に負担をかけている
「藍坂さん、やめなさい スグに道具を仕舞いなさい」
笹原は若干焦った声を出した、しかし藍坂は聞く耳を持たない、頬は叫んだ時に溢れた涙で濡れ いつもの落ち着いた藍坂とはあまりに変わっていた

楠木が止めようと藍坂に近づこうとした時、背中に衝撃が走った
楠木はゆっくりと後ろを振り向いた
柴山がいる 前屈みに何か木の棒を背中に押し当てニタニタ笑っている
柴山の口からクククと喉を鳴らしたような声が聞こえ体を大きく仰け反らせ笑いだした
「オメーラはホントバカだ!俺が何であんな所から逃げ出したかも知らないであ
んな嘘を信じて!ハハハハハ!お笑いだ!」
柴山の笑い声は周りに異常に響き聞こえた者全てを不快に思わせる声だった
楠木は体から力が抜けるのが分かった
一度体験したことのある感覚だ そう死んだ時の感覚にそっくりだ
「俺はな、人殺しがしたかったんだよ!子供の頃からずっとな それでやっと殺しをした、そしたらスグに捕まってよ送検される途中に事故だ!」
だからまだ殺し足りないんだよ!
ゲラゲラと不快な笑い声を撒き散らしながら楠木に刺さった木の棒を引っ張ると
ズルッと音をたてて包丁が現れた
そのまま楠木は力なく膝を着き倒れる
「祐一!」
持っていた鎌を投げ捨て楠木の頭のすぐ傍に座り込んだ
「祐一!しっかりしなさい!」
さっき流した涙とは違う涙を流しながら必死に呼び掛ける
「アナタは私の部下なんですよ!消えてはいけません!」
楠木は血を流すのではなく患部から煙とも湯気ともつかぬ霧を吹いている
柴山の包丁からも楠木のと思われる霧が吹き出ていて、柴山に鬼のような演出を施した
「楠木さん、立ちなさい アナタは案内人です、案内人があんな包丁ごときで死ぬわけないでしょう 立ってアイツを叩き潰して来なさい」
楠木を見下ろした笹原が言った、それは汚物を見るような冷たい目だ
「小隊長…命令を…柴山さんを叩き潰す許可を…」
ゲボゲボ咳き込み、苦しそうな表情を見せる楠木だが真っ直ぐした目をしている
藍坂は根負けしたのか一瞬呆気にとられた顔をした、しかし流していた涙を拭くと強い口調で言った
「分かりました、殺魂未遂の犯人を確保しなさい」
「了解しました…藍坂小隊長」
大鎌を杖の代わりに立ち上がった楠木を藍坂が肩を貸す
楠木の目を見て柴山が一瞬ひるんだ、しかしまたあの不快な声で笑いだした
「いい!素晴らしい!やっぱり抵抗がないとな!」
ゲラゲラと笑い口角泡を撒き散らした
一歩一歩確かめるように楠木が歩く、柴山も歩く その内に柴山が包丁を逆手に持ち、大きく振りかぶった、包丁は楠木の頭ではなく藍坂の頭を狙っていた
振り下ろされた包丁が迫ってくるのを見て思わず目を瞑った ドスッという鈍い音がした衝撃はなかった、もしかすると頭を一瞬で潰されたから何も感じなかったのかもしれないと藍坂は考えた 恐る恐る目を開けると魂が死ぬと行く真っ白の世界ではなく闇に包まれた街であった、周りはロンドンのように霧に包まれ楠木の大鎌の刃だけが霧を発しながら鈍く光った

霧の発生源は楠木だけではなく柴山からの方が多かった、柴山は右腕から湿った草を燃やした時のように霧を吹いた
どうやら楠木が大鎌で斬ったようだ
「柴山さん、この鎌は特別で魂だけ斬ることが出来るんだよ」
柴山は顔面蒼白、必死に後退りするが足が動いていない
「た、助けてくれ!」
「嫌だ、アンタは小隊長を刺そうとしたからぶっ殺す…って言いたいけど僕はただの案内人、後は特務に任せます」
そう言うと楠木は気が遠くなりそのまま気を失ってしまった
「祐一!」
楠木がその日聞いた最後の音になった

楠木が目を覚ますとベージュ色の壁に囲まれた部屋に居た
真っ白のシーツ、水色地に紺色のストライプの入った柔らかい生地の服 楠木は一拍置いてで判断した病院であると
ベッドには黒いスーツを着た少女が寝ている、少女はベッド横の椅子に座り上半身をベッドに預けている ちょうど学生が授業中に居眠りするような形で寝息をたてている

「目が覚めましたか?」
声の主は扉近くに立ち腕を組んでいる
吸い込まれそうな黒髪はあの時、見た時より黒くみえた
「アナタが倒れた後、スグに柴山は特務が確保しました、ヤツも治療中です」
声の主…笹原はあの時とは違う口調だ、どことなく優しい印象を受ける

「…どうしました?アホみたいな顔をして」
「え?ああ、何か前より優しそうだなって」
笹原はムッとした表情を浮かべた
「それは…私のイメージは冷酷ってことですか?そりゃ仕事の時は冷酷にならないと特務なんて出来ないですよ 今はプライベートなんです」
そう言うと笹原はドアに手をかけた
「あ、その小隊長を大切にしてあげて下さいね」
「へ?何で?」
素で惚けた表情を見せる楠木を見て残念なモノを見る表情をしたがスグに微笑みドアを開けながら言った
「いずれ分かります」
そう言うと笹原の姿は見えなくなった
楠木は10秒程考えたが全く分からなかった
「何なんだ?」
廊下から射し込む光で笹原の顔はよく見えなかった、でも確かに微笑んでいた
とりあえず治してから一度会いに行く必要があるのかもしれない
そんな事を考えていると廊下から騒がしい声が聞こえてきた

「ユウ君の~いる部屋は~204号室!」
廊下の遠い所から聞こえてくる声はおそらく姫野の声だろう
あと、何人かの声もする

「小隊長、小隊長起きてください」
変な勘違いされる(主に姫野)前に藍坂を揺すり起こそうとする
「祐一?」
気が付いたのか楠木の顔を見ると髪の毛がボサボサで寝起き顔なのも気にせず突然涙をボロボロ流し楠木の左腕に抱きついた
「良かった、助かって良かった もうダメかと死んじゃうかと」
「ちょっと小隊長、マズイです 姫野さんたちが―」
言い終わることなく病室の扉がけっこうな勢いで開いた
「やぁユウ君お見舞いに…」
姫野のセリフは途中で止まった、そのまま巻き戻すように姫野の体は後ろに下がり扉が音もなく閉まった
廊下が騒がしくなっていく
楠木はこの状況の言い訳を考える事にした
おそらく無駄だろうが


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