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陸上自衛隊東富士演習場
5月のある日、陸上自衛隊のある普通科連隊と機甲科大隊、野戦特科中隊、高射特科中隊、対戦車ヘリコプター団、輸送ヘリコプター団などが朝から実弾を使用した一大演習を行う予定だった。
夏の富士総合火力演習に次ぐ弾薬を使用予定で続々と部隊が集まりだしていた。
演習場の外れ…田中陸士長と倉田3等陸尉は軽装甲機動車にもたれて演習の開始を待っていた。
「士長、まだか?時間過ぎてんだぞ」
「まだです」
無線はガアガアとノイズを流し、たまに開始を催促する内容を流す程度で演習はまだ始まらない。
田中たちは演習開始と共に行動する偵察隊を軽装甲機動車で援護、回収を命じられていた、そしてその時をひたすら待っているのだ。
『……………』
「田中士長、何か言ったか?」
「いえ、何も…うわ!?」
「な、何だ!?」
突然、地割れとは言い難いが地割れとしか言いようのない何かに2人は呑み込まれた。
「く、倉田3尉!田中士長!」
仲間の呼ぶ声は一瞬聞こえたがその後、何も聞こえなくなり、真っ暗で体を舐めまわすような気味の悪い感触だけが皮膚を巡った。落下しているのかどうかさえも分からず今はこの気味の悪い感触に耐える事だけで精いっぱいだった。
「き、気持ち悪い…」
そう呟いた刹那、田中は意識を失った。
倉田も田中と同じく意識を失ってこの空間を漂いつつあった。

「紫(ユカリ)様、ご要望通り拉致しました」
「ご苦労様。これでしばらく暇つぶしできそうね」
「(まったくこの人は…)」
「さぁて、彼等はどうするからしら。ふふ、久しぶりに綺麗な…とびきり綺麗で残酷な弾幕が見れるわね。ふふ、期待してるわよ田中陸士長…とびきり派手で綺麗で残酷で鬼畜な異変を」


霧が濃い…
こんなに霧は濃かったか?
「田中ァ!田中士長!」
誰だろう…
「士長!大丈夫か!?起きろ!」
面長の馬のような顔…倉田だ。
「頭は打ってないか?立てるか?よし、大丈夫だな」
倉田は田中を無理やり立たせ顔をジッと見る。何か調べるかのようだ。
「倉田3尉…こんなに霧は出てましたか?」
「…いや、霧なんて出てなかったぞ。ここは東富士か?…他の連中もいないし、まるでSIRENの世界みたいだ」
田中から一歩後退し肩に掛けていた89式小銃を下ろしコッキングレバーを引き初弾を装填した。
東富士演習場は綺麗な五月晴れで暑いぐらいの陽気だった。しかし今は霧で10メートルも見えない。
「3尉、…実弾ですか?」
「当たり前だろう。お前はSIRENしたことが無いのか?きっともうすぐ屍人が来るぞ。お前もトラックから89かミニミ持って来てろ、懐中電灯もな」
はぁ…
田中は心の中で大きく溜め息を吐いた。
ゲーマーの倉田はSIREN2に最近ハマり、かなりやり込んでいる。
ゲームと現実の区別が無くなったか…
頭のおかしくなった上官に憐れむ視線を送っていた時だ。
「田中…何か来る。気を付けろ」
霧がスゥゥと晴れ視界がクリアになった。
「湖…?」
「やっぱり東富士じゃない」
確実に東富士演習場ではない。
目の前には広大な湖が広がり、よく見えないが対岸に紅い館がうっすら見える。
「3尉…ここは?」
「わからん…もしかして神隠しか鬼隠しにでもあったか」
「お兄さんたち、そこで何してるの?」
!!!
倉田、田中は声の主を探した。
背中を軽装甲機動車に向け死角を少なくする。
倉田が89式小銃を構えた。田中も徒手格闘術の構えを取り倉田の視線の先へ自らの視線を送る。
…なんだろう
おそらく、見た人全てがそう思うだろう。
黒い球体が浮いている。
「3尉…あれは…」
「ルーミアちゃん闇出しすぎだよ。何も見えないよ」
茂みからガサガサと出てきたのは緑髪の少女だ。一部を除けば見た目は普通の少女だろう。髪の色と触角以外は。
「私も何も見えないのか~」
「士長…攻撃するなよ。敵どうか分からん」
「諒解…」
黒い球体はシャボン玉のように浮遊し木陰に着陸した。すると黒い球体は靄が晴れるように薄れ中から金髪に赤いリボンを付けた少女が出現した。
「なっ…!」
「お兄さんたちは何してるの?」
緑髪の少女が訊いた。
田中は口を開けているが声が出ない、見かねて倉田が言った。
「……俺たちは東富士に居たんだが…景色がえらい違うな」
「そーなのかー」
気の抜けるような感じで金髪の少女が言う。田中は転けそうになった。
この少女はどこか抜けているらしい。
「ここは一体…」
倉田が小銃にセイフティをかけ背負い直す。
日本語を話していることから日本なのだろう。だが、一体どこなのか検討もつかない。
「ここは幻想郷だよ。お兄さん達は外来人みたいだし紅白巫女に相談したほうがいいんじゃないの?」
ゲンソウキョウ?ガイライジン?
聞き慣れない単語に頭がショート寸前だ。…どうやら違う世界らしい
ようやく理解した田中は崖から突き落とされた気分になった。
今までいた世界とは違う世界…紅白巫女という人が帰り方を知っている。
「3尉、すぐにその紅白巫女という人に会いましょう」
「そうだな。早く帰らんと連隊長にぶっ飛ばされるな。田中士長、運転しろ。お嬢ちゃん、道を教えてくれるかな?」
「いいけど遠いよ?ねぇルーミアちゃん、どれぐらいかかるかな?」
「博麗神社までは遠いのだ~」
両手を左右に広げ、ちょうどアラレちゃんのキーンのようなポーズでルーミアは話す。常にニコニコしていてやはりどこか抜けた印象を抱かせる。
田中は軽装甲機動車の運転席に乗るとイグニッションキーを回す。
ディーゼルエンジンが唸りを上げ静かな湖畔を揺らした。
「う~うるさいのかー」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せて言った。
緑髪の少女も不機嫌そうにしている。
「道案内してくれるかな?」
「…いいよ」
「よし、じゃあ行こう」
倉田が後部座席のドアを開けルーミアたちを乗せた。倉田は助手席に乗り込み、それを確認した田中が車を発車させる。
アクセルを踏み込むとさらにエンジンが唸りを上げる。音は外よりマシだがそれでも2人は気になるのか不機嫌そうだ。

……
未舗装…というか道なのかも怪しい場所を軽装甲機動車は泥と草を撒き散らして走る。

緑が本物の緑だ。
田中は演習場で見る緑とは違う緑に少し感動した。何も弄っていない完全な緑…原色という言葉がピッタリ当てはまる。
「俺は倉田だ。こっちは田中」
助手席でショートホープを吹かしていた倉田が言った。
「田中陸士長です」
「私はリグル・ナイトバグ。こっちはルーミアちゃん」
「よろしくなのかー」
頭に触角を生やした緑髪の少女はリグルと名乗った。…バグ…虫なのか?
田中の頭はパンク寸前だった。
今までこんなに頭を使った事はない「ここはどこなのか…」「帰ることは出来るのか…」「ルーミアが纏っていた黒いものは何なのか…」
疑問は次々に湧いた。
しかしそれは解決するに至らず、今はただ博麗神社に向かう事に徹する事にした。

……
「士長、休憩だ。メシにしよう。缶メシがあるだろ」
しばらくして倉田が言った。
時計を見ると時刻は13時すぎ、昼御飯にちょうどいい時間帯だ。
田中たちは昨日の夜から演習場で設営をしていた。普段なら野外炊飯器を使うのだが、何故か缶詰とレトルトのパウチが大量にあったので軽装甲機動車に積載していたのだ。
木陰に車を停め、缶詰の米とボンカレーをお皿に盛る。
「士長、冷たいぞ」
「我慢して下さい」
「C4出せ。燃料に…」
「そんなものありません」
結局諦めたのか冷たいカレーを頬張る。
リグルやルーミアが見たことないのか缶詰とパウチを珍しそうに見るのでカレーを少し分けてあげた。
「へぇ、冷たいけど美味しいね」
「温かい方が美味しいのかー」
評判は悪くないようだ。
「ところで紅白巫女ってどんな人なんだ?」
カレーを頬張りながら倉田が言った。
「紅白巫女は…」
「紅白巫女はここから5里ほど飛んだとこにある博麗神社の巫女さんですよ」
バサッという羽音と共にカラスの黒い羽が落ちた。
倉田が反射的に89式小銃を構えセイフティを外す。今までみせた事の無い倉田の殺気に田中は驚いた。訓練でも厳しいがここまではなかった、リグルたちも少し顔を引き釣らせている。
「さぁて。そこの…緑色?の方々。外来人みたいだし色々と取材させて戴きましょうかね」
軽装甲機動車の屋根…ちょうどM2重機関銃を搭載している部分に下駄(にしては底が高い)を履いたショートカットの少女がいる。しかし注目すべき点は下駄でも髪型でもない背中だ。背中にカラスのような漆黒の羽根を生やし、これ見よがしに大きく広げている。少女は倉田の殺気にも動じず、口角を釣り上げカメラを片手にまるで楽しむかのように羽根を細かく動かした。
「誰か!そこは危ないから降りろ!!」
「では、取材させてくれるなら」
少女は古くさいカメラで小銃を構える倉田を一枚。しかし満足いく写真ではないのか眉間にシワを寄せ不機嫌そうな表情を現す。
「まあまあ、少しお話するだけですから」
軽装甲機動車の屋根をタンッと蹴ると一瞬にして田中の横に跳躍した。
メモと鉛筆を取り出しカリカリと何かを書き出す。
「ではそちらの方からお名前を宜しいですか?あ、私は射命丸文(シャメイマル アヤ)です。新聞の編集をしています」
以後お見知り置きを…
とお辞儀をすると『さぁ、お前たちの番だ』と目で話した。
「…陸上自衛隊第30普通科連隊第5小隊小隊長 倉田肇3等陸尉」
「同じく、田中龍之介陸士長」
「ほぉ~。ジエータイですか、名前だけ知ってます。それで今から博麗神社に行って帰るという寸法ですね。なるほどなるほど…では一足先に博麗神社に行かせて頂きます」
射命丸は背中の黒い羽を広げると鳥のように羽ばたかせ飛び去った。凄まじい速度で、一瞬でその姿は米粒より小さくなった。
「何?今の…」
「新聞屋さんだよ。…何か書かれるんじゃないかな」
「書かれたら何か不味いのかな?」
「射命丸さんの文々。新聞は事実を元にしたフィクションみたいなもんだから。でも記事は面白いのよ」
どこの世界もマスコミとはそういうもんなのか。
そんな事を思いながら田中は残った缶詰の米を腹へと流し込み片付けを始めた。
軽装甲機動車へと向かい、何故かあった空のナップザックにビニールに包んだ空缶とパウチを入れる。
「田中さん…田中さんはどうしてここに?」
ふと気付くとリグルが真横にいた。
「どうして?俺にも分からんよ。気が付いたらここにいた。理由も方法も何も分からないんだからさ」
まさにその通りだ。演習場にいたら突然、地割れが起きて巻き込まれたと思ったらここにいた。理由なんて分かるわけがない。
誰にも理由は分からない。かろうじて正気を保っていたがこれ以上何か起きたら自分が自分でいられるか不安だった。
少なくとも田中はそう思った。
とにかく、今は元の世界に戻る事
それ以外に選択肢は無い
再度、軽装甲機動車に乗り込んだ田中達は博麗神社へと向かった。

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